晝は夢 夜ぞうつつ

本と、夜の考えごと

わたしの生きる意味が永遠に叶わないと知ったとき

わたしにとってのそれは一瞬で破壊された。
いや、正確には破壊ではない。

そもそも、そんなもの存在しなかったのだ。
存在しないものを「存在しない」と証明されただけ。

・ ・ ・

それのことは、自分でも明確に理解していなかったのだ。
それを言葉にすることも、具体化したりすることもなかったのだから。

言葉にすると破壊の対象となるみたいだ。

明確に表現しなければ守ることも破壊することも出来ない。
きみにその存在を気付かれることもなかったんだ。

ずっと心の奥であたため続けてきた宝石の欠片を、
そっと手に乗せて息を吹きかける。

きみが「見せて」と言ったから
うつむきながらそっと手を広げたあのとき。

きみは電車で世間話でもする様な気軽さで
わたしのそれを「ポイ」と急行電車の下敷きにした。

・ ・ ・

ひっそり秘密を耳うちしたひみつの部屋の景色が、
雑踏にまみれたどしゃ降りの中に変わった。

スーツを着た黒い悪魔の様な集団が一斉に「チッ」と音を出した。

やたらと睫毛の長い、プライドで塗り固められた様な女が、
甲高い声で笑って通り過ぎて行った。

きみは何が起こったのかまるで分らないという風に
頭の上に「?」を付けて、困った顔をしていた。

・ ・ ・

わたしの瞳が収縮し、
焦点をとらえないままの目から水滴がボロボロと落ちた。

「バカみたい」とつぶやきかけて、
狂った様にかすれた笑いがこだました。

人って、可能性を失うと笑うんだ。
今の今まで、そんなことも知らなかった。

それを見たきみは余計戸惑った表情でうろたえた。

うろたえるということは、きみが意図的ではなかったということだ。
それがよりいっそうおかしい。

せめてきみが、すごく悪い奴で。
意図的にわたしを嫌な気持ちにさせようとしていたなら
こんなに笑うこともなかったんだ。

・ ・ ・

きみは、わたしのことが好きだったんだ。

だけど、「きみの好きなわたし」はいなかった。

いや、今しがた証明した理論によると、
そもそも存在しなかったということになる。

きみのうろたえた表情と共に
わたしのひとつの「いのち」はほんの一瞬で終わった。

きみの存在もなかったから仕方ない。
わたしもそれも、急行電車もなかったみたい。

叶うか叶わないかなんて、
本当はどうでもよかったんだ。

ただ、手に乗せた宝石を「きれいだね」と言って欲しかった。
それがおじさんの肩に乗ったフケだったとしてもだよ。

手のひらを開いてみせたかっただけ。

きみの言う「好き」って、
こんなに残酷なんだね。